変異原陽性対象群


薬剤は、開発に伴って添付文書が作成されます。
その後、添付文書の内容を補完する、インタビューフォームとよばれる文書も作成されます。
このインタビューフォームには、細かな情報がたくさん記載されており、薬剤の性質を知る重要な手がかりとなります。
いろいろな抗がん剤のインタビューフォームを見てみると、共通するキーワードが出てきます。
特に重要なのが、「変異原性」というキーワードです。
このキーワードについて、内閣府 食品安全委員会の文献に解説がありました。



遺伝毒性 Genotoxicity(変異原性
遺伝情報を担う遺伝子(DNA) や染色体に変化を与え、細胞または個体に悪影響をもたらす性質で、変異原性ともいいます。
主な変化としては、遺伝子突然変異、DNA傷害(二重鎖切断、アルキル化) や染色体異常(重複、欠失) などがあります。
このような異常を引き起こす物質は、発癌に結びつく可能性があり、生殖細胞で起これば次世代の催奇形性・遺伝病の誘発につながる可能性があります。


内閣府 食品安全委員会 平成20年10月
『食品の安全性に関する用語集(第4版)』 14頁



マイトマイシンCという抗がん剤があります。
現在、マイトマイシンCは血液がん、固形がんの治療剤として幅広く使用されています。
マイトマイシンCは極めて強力な変異原性を有しており、その特異性から動物実験の試薬としても利用されています。


物質の変異原性を確認する、小核試験とよばれる動物実験があります。
この試験において、マイトマイシンCは陽性対照群として投与されています。
陽性対照群とは、投与によって明らかに陽性、小核試験では変異原を引き起こす事が容易に予想できる対照をいいます。
陽性対照群への投与は、試験の信頼性を確保する為に行われます。


小核試験は現在も、全国各地の研究施設で行われています。
内閣府 食品安全委員会によって行われた小核試験の文献もありました。
ペントキサゾンという除草剤の小核試験です。
文章には専門用語が多く、難解ですが、ここでそれを理解する必要性は全くありません。
小核試験でマイトマイシンCが使われた、という事だけ読み取って頂ければ十分です。


(4)2 回強制経口投与によるラット膀胱コメットアッセイ及び小核試験

ペントキサゾン原体の、in vivo における遺伝毒性学的影響を検討するため、Fischer ラット(一群雌5 匹)に、ペントキサゾンを2 回強制経口(原体:0、1,000及び2,000 mg/kg 体重/日、1 日1 回、溶媒:0.5%MC 水溶液)投与し、膀胱コメットアッセイ及び小核試験が実施された
陽性対照群として、コメットアッセイではN-メチルN-ニトロソウレア(MNU:35 mg/kg 体重)が、小核試験ではマイトマイシンC(MMC:1.0 mg/kg 体重)が、それぞれ用いられた(単回腹腔内投与)。


内閣府 食品安全委員会
『農薬評価書 ペントキサゾン』 2009年10月 33頁

 

問題は、強力な変異原性を有する事が何を意味するか、という事です。
マイトマイシンCのインタビューフォームに、取扱いの際、注意を促す記載がありました。

 

本剤は細胞障害性のある抗悪性腫瘍剤であり、直接の接触により粘膜の刺激作用、潰瘍、組織の壊死等を起こす可能性があるので、取扱いにあたっては十分な注意が必要である。
(中略)
薬液が皮膚や手指等に付着しないように注意する
薬液が付着したら、すぐに石けんを用いて、水で洗い流す。
洗浄後に刺激又は疼痛が続く場合は、医師の診察を受ける必要がある


抗悪性腫瘍剤 劇薬 処方せん医薬品 マイトマイシンC
インタビューフォーム 2009年10月 改訂 第7版 32頁
製造販売元 協和発酵キリン㈱

 

この毒性は、医療関係者だけが把握していればよいというものでは断じてありません。
静脈注射される患者さんを思えば、この毒性の事前説明が必須である事は当然です。

変異原性は、細胞毒性に起因するものとされており、細胞の核に存在する染色体、DNAに影響を与え、発癌を引き起こすきっかけ(発癌イニシエーション作用)となります。

 

細胞毒性医薬品という言葉は比較的新しい言葉である。
現在、発癌性医薬品変異原性医薬品、催奇形性医薬品など色々の名前でよばれているが、要は細胞の核のなかに入ってDNAに影響を与える医薬品のことである。
医薬品では免疫抑制薬や抗悪性腫瘍薬の多くと、ビタミンA誘導体の一部がこの範疇にはいる。


『細胞毒性(変異原性) 医薬品の取扱いマニュアル』
薬史学雑誌 JJSHP VOL.31 NO.10(1995) 103頁

 

実際、マイトマイシンCは強力な発癌物質です。
ここで再び、The Carcinogenic Potency Database (CPDB)のデータを引用し、マイトマイシンCの発癌能力を他の物質と比較してみます。
CPDBのデータは、物質の有する発癌性の「強さ」を数値化したものでした。

比較対象は、
化学兵器であり、世界初の抗がん剤でもある「Nitrogen mustard」(ナイトロジェン・マスタード)。
抗がん剤であり、化学兵器分類でもある「Melphalan」(メルファラン)。
お酒のアルコール成分である「Ethyl alcohol」(エチルアルコール)。

これらと「Mitomycin-C」(マイトマイシンC)を比較してみます。
Ratの後に続く数字が、小さいほど発癌性が強い、という事でした。
では、CPDBのデータによる、発癌性の「強さ」の比較をご覧ください。


Rats and Mice: Cancer Test Summary
TD50 (mg/kg/day)
Mitomycin-C
(CAS 50-07-7)
Rat 0.00102
Nitrogen mustard
(CAS 51-75-2)
Rat 0.0114
Melphalan
(CAS 148-82-3)
Rat 0.0938
Ethyl alcohol
(CAS 64-17-5)
Rat 9110
The Carcinogenic Potency Database (CPDB) http://potency.berkeley.edu/
データの一部を、引用して表を作成

 

動物実験の結果とはいえ、化学兵器の発癌能力を超える数値を、軽視する事はできません。
さらにマイトマイシンCの添付文書には、このような記載があります。


マウスに皮下投与した実験及びラットに腹腔内、静脈内投与した実験で各種の腫瘍が発生したとの報告がある。


抗悪性腫瘍剤 毒薬 処方せん医薬品 マイトマイシンC
添付文書 2009年9月 改訂 第7版 2頁
製造販売元 協和発酵キリン㈱

 

CPDBのデータの確かさを裏付ける記載です。
もし、添付文書にこの記載が無く、後に研究機関によって発癌性が証明された場合、製薬会社は大変な責任を追及される事になります。
だからこそ、不都合な事実であっても記載するのでしょう。


現在、この不都合な事実は、がん専門医によって抱えられています。

 


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